オオカミ猟師としてのモンゴル人

海外取材

誰もが頭に思い描く、
モンゴル最強の人物「チンギス・ハーン」
(ー世界の半分を自分のものにした―そんな壮大なエピソードが今も語られている)

実は、その祖先を辿っていくと


“蒼きオオカミと白き牝鹿から生まれた”
という伝説に行き着く。



なので、モンゴルの人たちにとってオオカミは、
自分たちのルーツを象徴する「霊力の強い動物」として恐れ敬う存在であり、
また同時に、家畜を奪う「憎い敵」として語られる存在でもある。


だから、オオカミを獲るモンゴルの猟師は、
羊・ヤギ・馬を放牧する遊牧民の男性たちが、
必要なときだけ“オオカミを獲る猟師”へと姿を変えるのだ。

2. 遊牧民からオオカミ猟師へ

夏が過ぎ、秋の風が草原を冷たく撫でるころ
冬に備えモンゴルの家畜はよく肥え始める。

そんな中、夜ごとに危険な遠吠えが近づいてくる
オオカミだ。



冬が深まると、食糧を求めて山を降り、
遊牧民の家畜を襲い始める。

モンゴルの草原では、
家畜は、その家の“貯金”のようなものだ。


羊やヤギを何十頭も失えば、
その冬を越せなくなる家も出てくる。

遊牧民にとっては命を懸けてでも阻止しなければならない。

放牧地の端に、オオカミの足跡と血痕が続いて見つり、
そんな状況が積み重なると、年長の男性がぽつりと言う

「そろそろ狙いに行かねばならん」

その一言を合図に、親戚や隣人の男たちが集まり
遊牧民は”オオカミ猟師”へと姿を変える。

3. 実際のオオカミ猟のスタイル

モンゴルのオオカミ猟は、日本でいう巻狩り
追い込み猟のスタイルに近い。

猟隊がキャンプを出るのは、まだ夜明け前だ。


馬や車、オートバイにまたがり、薄暗い草原を抜けて山の尾根へ向かう。
尾根筋に出ると、まずは遠くを見渡す。

オオカミの足跡、糞、 鳥の騒ぎ方。


そうした“わずかな兆し”から、昨夜どの谷を通ったのかを読み解いていく。


足跡の“筋”が見えたら動き出す。


何人かは追い手として斜面へ下り、
別の数人は見張りとして尾根や谷の出口へと回り込む。

 オオカミは人の匂いと気配を敏感に読むため、
あえて静かに圧をかけ、
“逃げ道を選ばせる”ように追い込んでいく。

そして、オオカミが最後に選びそうな谷の出口には、
いちばん腕の立つ射手が待っている。

そうして組まれるのが、モンゴルの典型的なオオカミ猟の「網」だ。

季節は、主に冬から早春にかけて。
雪が降れば足跡を追いやすく、家畜も限られた場所で越冬するため、被害のパターンが読みやすい。

逆に夏は、オオカミは山の野生動物を狩り、
足跡もないため狙いが定まりにくい。

だから牧畜民はこう言う。

「雪が積もったら、オオカミと人間の我慢比べが始まる」

4. 名誉・象徴としてのオオカミ猟

オオカミ狩りは生活を守るための行為であると同時に、
「名誉」と「強さ」を示す場でもある。

「オオカミは、自分たちより勢いのある者にしか殺されない」
そんな言い伝えが残っている。

オオカミは優れた狩人だ。
そのオオカミを獲ることができたという事実は、
その人間が“オオカミの勢いを上回った”という証明でもある。

オオカミを仕留めることは、腕前だけではない。
「運の強さ」の証とも捉えられている。

たまたま、食事時に出くわすかもしれない、
天気はどうか、 風向きがどちらへ変わるのか。

そうした要素をすべて越えたうえで獲れた一頭だからこそ、
「自分はまだ運に守られている」と感じるのだ。

モンゴル民族の祖であるオオカミを仕留めるということは、
どこかで“自分のルーツに刃を向ける行為”でもある。

しかし、それと同時に名誉あることでもある。

 その狭間で生まれる精神性こそが、
モンゴルのオオカミ猟をより深いものにしているのだと思う。

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