「空気投げの辰」こと
辰五郎さんが、マタギを辞める時の話も凄まじい。
その引き金になった出来事のひとつが、なんと雪男(イエティ)の探索だった。

1974年、
ヒマラヤでは、雪男の謎を解こうという機運が高まり、日本でもその話題が盛り上がっていた。
そこで白羽の矢が立ったのが、阿仁のマタギたちだった。
山での豊富な経験、獣の気配を読む勘、
足跡が、本当に未知の動物のものなのかを見極める力を期待され山の痕跡を読むプロとして、マタギの力が期待されたのだ。

こうして、阿仁のマタギたちは「第二次ヒマラヤ雪男探検隊」に加わることになった。
当時、辰五郎さんは70歳。
参加した5人のマタギの中で、最年長だったという。
孫の英雄さんは、当時を振り返りこう話した。
「おじいちゃんは、騙されたんだ。ヒマラヤに行けば、なんでも獲物が獲り放題で、自由に猟をしていいと言われていた」
しかし、実際はまったく違った。
待っていたのは、過酷な移動、標高7000メートル級の山々と薄い空気。
阿仁の山を知り尽くした辰五郎さんでも、そこは別の世界だった。

70歳の体に、ヒマラヤの高山が襲いかかる。
辰五郎さんは高山病を患い、入院。
帰国後も、体調は元に戻らなかった。
そして、山に入ることもできなくなった、72歳の秋。

英雄さんが仕事から家に帰ると、家の中が騒がしかった。
部屋で、辰五郎さんと娘さんが揉めていた。
「マタギをやめろって言うんであれば、この銃で死んでやる」
大喧嘩だった。
「こんな銃があるからいけない」
英雄さんは、そう思い、銃を取り上げ、床にに叩きつけた。
ドンッッッッ!
銃は真っ二つに破壊された。
壊れた銃を見た時に、辰五郎さんは、膝をついて泣いていたという。
「今になれば、かわいそうなことをしたなって思うな。

ジイちゃんの年を越えて、ようやく気持ちがわかるようになった。
マタギは、体に染みついている。だから、自分は生涯マタギでい続けたいと思うんだ」
英雄さんは、今年79歳になる。
辰五郎さんは、72歳で山を降りた。
山に生きてきた男が、山を降りる。
それは、自分の体の一部が、剥がされるようなものだったのかもしれない。


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