「ショーブッ!ショーーブッッ!!」
山の中にマタギたちの声が響く。
「ズザザザ」
あちらこちらの山の斜面から
マタギたちが雪を滑り降りてくる。
ショーブ(勝負)というのは、阿仁のマタギたちがクマを撃って授かった時に発する声だ。

最初にその声を聞いた時、
ただの掛け声ではないと思った。
雄叫びとも違う。
山全体に向かって知らせるような、
どこか歓声みたいな喜びの声に聞こえた。

「クマぁ、山神様からの授かりモノです」
それは、私が一番最初に教わった
〝マタギの教え〞だった。
秋田県北秋田市阿仁。
マタギ発祥の地として知られるこの地に、
ひとりのマタギの頭領がいる。
その名は鈴木英雄(すずき・ひでお)さん。
打当集落の頭領ことシカリとして、
長年にわたり集落のマタギたちを率いて
山に入り続けてきた。
鈴木さんは、いつもニコニコと穏やかな
笑顔を浮かべている。
「本田さん、クマの胆、なめてみますか?」
「カモシカの毛皮、触ったことありますか?」
そう話しかけてくれる声は、
穏やかで柔らかく、
なんなら見た目も丸顔で柔和、
どこかかわいらしささえある。
「この人、クマに似ているなあ」と、
失礼ながら初対面で、
思ったことを今でも覚えている。

鈴木さんは昭和22年、1947年生まれの79歳。
近年は足の手術もあり、
山に入る機会は少なくなった。
かつて打当集落には40人近いマタギがいたが、いまは5人ほどにまで減った。
集落のマタギ文化は、いま存続の危機にある。
そしておそらく、鈴木さんの後に、
打当集落でシカリを継ぐ者は、
もう現れないだろう。
だからこそ、鈴木さんが元気なうちに、
そのマタギ人生を記録する。


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