伝説のマタギ「空気投げの辰」

伝説の狩人たち

「空気投げの辰」こと、鈴木辰五郎さんは、伝説的なマタギのひとりだ。

1903年生まれの明治のマタギで、

仲間と授かったクマが二百頭、ひとりで授かったクマが八十頭。


マタギを“本業”として生きた、最後の世代のひとりである。


「空気投げ」という異名は、
昭和21年4月―43歳の春にさかのぼる。

秋田県鹿角の牧場で、多数の牛がクマに襲われた。


牧場主の依頼を受け、県を通じて打当マタギの精鋭四人が派遣される。


そこに腕に自信のある宿の主人も加わり、5人で巻狩りに入った。


山に入って数時間、クマがヤブの陰から突如として姿を現すも、宿の主人が撃ち損じ、クマは辰五郎さんの持ち場の方向へ逃げた。


距離およそ18メートル。

背中を狙って撃ったが、外れる。

しかも運が悪いことに、辰五郎さんは愛用の村田銃ではなく、友人の買ったばかりの新型銃を試し撃ちとして借りていて、弾を詰め替える余裕もなかった。

クマは辰五郎さんに向きを変え、ドガドガと突進してくる。


ついに「アーン」と立ち上がり、そのまま飛びかかってきた。

その瞬間、辰五郎さんは、さっと体を左にかわした。

クマの毛が鼻先をかすめ、後ろの崖に落ちていった。

見ていた者たちは、辰五郎さんがクマに触れもせず投げ飛ばしたように見えて、息をのんだ。

駆けつけた仲間とともに、辰五郎さんはすかさず銃を放ち、100kgはあろうかという大きなクマを見事に仕留めた。

そして、この話が新聞記者の耳に入り、当時評判だった柔道の投げ技に習って、
〈空気投げ 大熊を倒す〉という見出しで新聞を飾った。


ここから、「空気投げの辰」という異名がついたのだ。


結局、辰五郎さんたちはその牧場に二週間滞在し、十一頭を退治したという。

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